光合成における炭酸ガス固定と酸素発生量の相関と酸素電極測定法

 

和田野 晃

 

大阪府立大学・農学部 (593 堺市学園町1ー1)

 

Akira Wadano 1996. The use of oxygen electrode in measurements of photosynthesis.

 

The use of oxygen electrode is described in measurements of photosynthesis. The stoichiometry of the oxygen evolved is explained for the photosynthetic fixation of CO2. The stoichiometry for oxygen and carbon dioxide is checked for not only Calvin-Benson cycle but also photorespiration. Fundamental ways to treat the oxygen electrode is shown for getting accurate results of photosynthetic measurements.

 

はじめに

光合成の測定は,炭酸ガスの減少を直接測定する赤外吸収ガス分析法(Infra Red Gas Analysis:IRGA) , 固定炭酸ガス量を放射性同位体を用いる方法,および固定炭酸ガスの量に応じて放出される酸素を酸素電極で検出する方法が主に用いられる。それぞれ一長一短があるが,ここではその中でも取り扱いが最も容易な酸素電極による方法を取り上げてみる。この電極による酸素の測定は,HeyrovskyとShikataによる滴下水銀電極を用いるポーラログラフィーの創出に端を発している。この電極でも酸素が分解されることは知られていたが,大きな白金電極を緑葉にあてると酸素濃度の変化が観測出来ることが判明するまでに10年余りの時間が必要であった。その後,コロジオンで白金面を覆うと電極が安定化することが明らかにされ,さらに1956年にはClarkが画期的な電極系を考案するに至った(Clark 1956)。彼は電極を膜で覆い試料から隔離し,膜を通過する酸素のみを測定することが可能であることを示した。この電極は,直接試料と接しないので汚染されず,さらに膜はイオンを透過させる必要がないので疎水性のものを使うことが可能である。このことは試料が必ずしも溶液状でなくてもこの電極による酸素濃度の測定が可能であることを示している。しかし,光合成を気体中の酸素濃度の変動により測定する装置は多くはなく,英国のWalker教授が考案し,Hansatech社が販売しているLD1/2はその典型的なものである。その詳細は別の成書に示されているので(Walker 1955),ここでは溶液中の酸素測定を主に記すことにする。

1)固定炭酸ガスと放出酸素のストイキオメトリー

 少し光合成の炭酸ガス固定について復習をしながら,放出される酸素の測定がどの程度固定された炭酸ガスを反映しているかを確認しておく。Fig. 1は光化学系IとIIを示す略図である。光化学系IIは水2分子より電子を4個受け取り,光のエネルギーを用いてQAに受け渡す。この4個の電子は電子伝達体を流れ,光化学系Iで再度光エネルギーで高エネルギー状態になり,フェレドキシンを経由し,2分子のNADPを NADPHに還元する。この間に電子伝達系により,ストロマからチラコイド内腔へプロトンが運ばれ,その濃度勾配によりATPが作られる。このATPの生成のストイキオメトリーは,サイクリックな電子の流れでNADPHが生産されず(水から電子が光化学系II流れない)にATPの生産だけが起こる経路もあるので,炭酸ガスの固定と酸素の発生量のストイキオメトリーと無関係であると考えても間違いではない。ともあれ,水が2分子酸化され酸素が1分子発生すると4等量の電子が光化学系に渡り,電子伝達系を経て,2分子のNADPHが生成する。

  一方,光合成の暗反応(Calvin-Benson 回路)でのNADPHとATPの消費は固定される炭酸ガス量とどのような相関があるだろうか。Fig. 2には,3分子の炭酸ガスがCalvin-Benson回路で固定され,光合成産物として3炭糖が1分子作られる場合のATPとNADPHの消費が示してある。前述したようにATPの消費量は酸素発生に厳密な相関関係はないと考えられるので,NADPHの消費量に視点をあてると,3分子の炭酸ガスが固定され,3炭糖が1分子固定されるのに6分子のNADPHが 1、3ービスホスホグリセリン酸(BPG)をグリセルアルデヒド3-リン酸に還元するのに使われる。従って,1分子の炭酸ガスを固定するのに2分子のNADPHが消費されることになる。上述の水の酸化による酸素の発生と生成されるNADPHの量比と考え合わすと,1分子の炭酸ガスの固定は1分子の酸素の発生を伴うことになる。

 

  光のエネルギーの光化学系による利用と酸素発生は,活性酸素の生成経路などもある。しかし,光化学系に関与する電子伝達系から酸素に電子がもれ,過酸化水素ができても,最終的に水と酸素になれば,水が酸化され酸素が発生し,酸素が還元されさらに水と酸素に不均化される結果となり,netの酸素の出入りはないと考えられる。一方,光呼吸は時に光合成炭酸ガス固定の50%に及ぶといわれており,netの酸素出入りがありそうで,無視するわけにはいかないが,Farquharとvon Cammerer(1982)によると次のようなる(Fig. 3)。

RuBPにたいしてオキシゲネーションが一度おこると,3.5 ATP, 2 NADPH, 1.5 O2が消費され,0.5 CO2が生成される。ところで,2分子のNADPHは上述のように1分子の酸素の発生に相当する。従って上記結果は3.5 ATP, 0.5 O2,の消費と0.5 CO2 の発生となる。彼らの考え方は以下のように理解される。光呼吸で2分子のRuBPが酸素を受け取り,2分子のグリコール酸を生成すると考える。生成したグリコール酸はもう2分子の酸素を消費して,グリオキシル酸と過酸化水素を各2分子生成する。過酸化水素はカタラーゼなどにより分解され2分子の水と1分子の酸素を生成する。その結果,この課程での酸素の消費は1分子となる。次にグリオキシル酸はアミノ基転移をうけグリシンになる。2分子のグリシンよりセリン,NADH,炭酸ガス各1分子が生じる。このセリンが1分子のPGAになるのに1分子のNADHを消費する。合計3分子のPGAが生成し,最終的に1.8分子のRuBPを再生するには3分子のNADPHを必要とする(残りの0.2分子のRuBPは光合成炭酸ガス固定系により補給されると考える)。一方,グリシンから遊離したアンモニアを固定するのに1分子のNADPHを必要とする。これらを合計すると,2分子のRuBPに対してオキシゲネーションが2回生じると,1.8分子のRuBPが再生されるまでに,3分子の酸素が消費され,1分子の炭酸ガスが生じ,4分子のNADPHが酸化される。光化学系はそのNADPを還元するために2分子の酸素を発生するので,結局ここでも1分子の酸素の消費は1分子の炭酸ガスの生成に相当することになり,酸素1分子の発生は炭酸ガス1分子の固定と考えても問題ない。従って,光呼吸の有無にかかわらず,炭酸ガス固定量は酸素発生量を測定すれば良いことになる。

 

2)酸素電極による酸素測定原理(萩原 1977)

  市販されている酸素電極には大別してガルバニー電池型とClark電極型と呼ばれる2種類ある。しかし光合成の測定に用いられるのは,一般に後者のClark電極型であるので,ここでは前者については言及しないことにする。Clark型電極の基本構造はFig. 4に示したように,白金の陰極と電解液のKCl溶液,及び銀/塩化銀の陽極,電極膜よりなっている。

両電極間には,0.6Vの電圧をかけて,流れる電流を測定する。陰極側ではO2がプラチナ表面で2eを受け取り還元され,H2O2と2OH-を生じる。さらにH2O2は2eを電極より受け取り2OH-となるので陰極付近の電解液は短時間でアルカリとなる。そのため炭酸ガスがより溶けやすくなり電気の出力が不安定になるので,電解液として炭酸イオンと緩衝液を含む溶液を使う場合もある(Delieu and Walker 1981)。陽極側では,4Agと4Clから4AgClを生じ,さらに4eを電極に受け渡す。この4eの電極での授受を電流として測定するので,測定される電流は陰極で消費されるO2量と化学量論的に相関がある。

   実際に光合成測定で筆者の周りでよく使われている酸素電極には,Hansatech社,Rank Brothers 社,及びYellow Spring社のものがある。前2者は構造的にも比較的類似しており,専用のセルにとりつけられているが(Fig. 5),

3番目のものは専用のセルはなく,例えば独自に設計したケモスタットに取り付け使用する時などに便利である(Fig. 6)。

    電極も自作は可能であるが,筆者の周りでは購入している。一方,電極に一定電圧を供給する電源及び電流測定装置は少し価格が高いこともあり,工夫して自作することも珍しくはない。Fig. 7はその装置の一例である。

電池は以前は水銀電池を使用していたが,アルカリ電池でも実用上差し支えない。ただ水銀電池は電圧が最後まで一定しているが,アルカリ電池は長時間使用し電力が無くなると少しづつ電圧が下がる傾向があるので,テスターなどで電圧をチェックする方が無難ではある。スイッチはどんなものでも支障ない。抵抗は低雑音のものが望ましいが,さほど神経質になる必要もない。1 mV 入力の記録計は,入力インピーダンスが1MΩ以上のものでチャートスピードの変えれるものであれば使用可能である。感度を上げたい時は,記録計が接続している2KΩの抵抗を20KΩに換え,10 mV 入力で 0−100合わせをした後,1 mV に感度を上げて使用する。

4測定例

  a)必要な装置

       酸素電極 Hansatech社 DW2/2 など

電極制御器 Hansatech社 CB1-D2 など

記録計   

       循環高温水槽

       窒素ボンベ

       空気用コンプレッサーもしくは代用品(金魚用ポンプなど)

       光源 スライドプロジェクターなど

       マグネティックスターラーとスターラーバー

  これらの器具の中でスターラーとスターラーバーは,比較的軽んじられがちであるが,ノイズを少なくするためには非常に重要である。スターラーには低速で安定した回転が得られ,火花によるノイズを避けるためブラシレスのモーターを使用してあるものを選ぶ。スターラーバーは電極膜を傷つけない(普通は試料室の構造上電極膜に接しないようになっている)で,かつ回転むらなくスムーズに撹拌出来るものを購入する。記録計は前述のように入力抵抗の高いものを用意する。古くても差し支えないが,真空管時代のものは入力抵抗が一般に低いのでさけた方が無難である(これは杞憂?)。

 b)測定

   酸素電極のアセンブルは少なくとも前日にしておいたほうが測定値が安定する。まず酸素電極のキャリブレーションを行う。酸素の溶解度はTable 1(笹川・関根 1955)に示したように,温度と分圧により定まり,例えば1気圧,摂氏25度の空気と平衡になっている水溶液には約250 オMの酸素が溶解している。




空気を飽和した水の酸素含有量

温度 酸素
μg/ml μmole/ml
0 14.16 0.442
5 12.37 0.386
10 10.92 0.341
15 9.76 0.305
20 8.84 0.276
25 8.11 0.253
30 7.52 0.230
35 7.03 0.219

Truesdale to Downing(1954)の実験式より
2番目のカラムの数値を計算した。

Cs = 14.16 - 0.3943T + 0.007714T2 - 0.0000646T3



そこでまずセルに緩衝液に懸濁した試料もしくは緩衝液を適当量満たす。スターラーで撹拌しながら,空気を小さい気泡になるように通気する。測定電圧が一定になるまで放置し,その電圧値を空気に含まれる酸素と平衡にある溶液の酸素飽和値とする。次に窒素を通気し,電圧が一定になったときその値を酸素濃度0の時の出力電圧とする。この操作を2,3度繰り返し,チャートに描かれた電圧の差を250オMの酸素に相当すると考える(Fig.4)。 スターラーの回転速度は,バブリングを窒素から空気,もしくは逆の操作をしたとき平衡になるまでにあまり長い時間がかからない程度に設定する。次にストッパーを挿入する。ストッパーには,あらかじめ試料の容量が一定になるように印をつけておく。ケモスタットの場合,その容量はサンプリングの容量により異なるが,光合成を測定する場合は,後で加える重炭酸溶液や阻害剤の容量が問題にならない程度の試料容量とする。例えば,20μlの重炭酸溶液を加える場合はその100倍の2 ml程度にする。このストッパーを挿入するとき,試料の中に気泡を残さないように注意する。試料中の気泡はノイズや,酸素発生測定の直線性欠如などの原因になる。測定中にも発生した酸素が飽和し,気泡を作ることがあるので,最初に気泡がなくてもノイズがではじめたら試料セルをチェックする。光はスライドプロジェクターなどを用い照射する。集光と熱線を取り除くために丸底フラスコに水をみたしたものを試料セルと光源の間に置く。光の強さを調整するには,白色フィルターやオパールガラスなどを用いるが,ガーゼを適当に重ねたもので代用できる。試料セル内の光量を測定するにはHansatech社のQRT1 Quantithermが便利である。試料の濃度はラン藻を用いる場合で,最終5μg Chl/ml 程度にしている。測定値は濃度変化で現れるので,絶対値の変化に換算する。5μg Chl/ml の試料で2 mlのセルを用いて,20μMの酸素が5分間で発生したとすると,

発生酸素量 = 20 x 2 /1000 / (5 x 2) /5 = 40 nmol / 10 μg Chl / 5 min

= 0.8 μmol / mg Chl / min

となる。

4 コンピューターでのデータの取り扱い

  3,4年前までは新しいパソコンは比較的貴重品であり,ペンレコーダーの代わりにアナログ・デジタルコンバーター(A/Dコンバーター)を付け,酸素測定装置に常設しておくのは困難であった。そこで我々は古くてハードディスクすら付いてないパソコンにRS232Cで接続できるA/Dコンバーターを付け,雑誌に掲載されたソフトを組み合わせてペンレコーダー用のソフトを作りデータの取り込みを行っていた。その後の処理は,データをテキストファイルの形でセーブし,アップル社Macintoshの表計算ソフトで行った。その時,データの取得に用いていたNECのパソコンのフロッピーディスクの容量2DD=640KB, 2HD=1.2MBの仕様に随分面倒な思いをさせられた。我々のところでは,Hanzatch社の光合成測定システムが稼働しているが,そのコントロールはIBMのパソコンで行っている。この3社のパソコンで共通に使えるフロッピーのフォーマットは,NECのパソコンでは例外的とも思われる取り扱いを受けている9セクターフォーマットの2DD(720KB)のみである。例えばドライブBでその共通に使えるフロッピーディスクを初期化するには,MS-DOSのコマンドラインで

FORMAT B:/9

と入力する。この/9(スラッシュ・ナインという)を初期化のコマンドFORMATのスウィッチというが,光合成を研究目的とする人でそれを知らない方は珍しくない(少なくとも筆者の身の回りでは)。少し余談になるが,この720KBフォーマットの2DDは日本語のワープロ専用機でMS-DOS変換する際にもよく使われており,ワープロの文章をMacintoshやIBMコンパチのパソコンで使うのに便利なフォーマットでもある。この720KBのフロッピーは内容がテキストファイルであれば,MS-DOSのファイルが読める多くのワープロ,DOS/V,Macintosh,NEC98などのパソコンで読み書きが可能であり,共通のソフトが存在する場合にはそのソフトのファイルは共有できる。例えばNEC98のLOTUS-123のワークシートやグラフはMacintoshでそのまま読み込みが可能である。ただその場合一点だけ注意が必要で,そのディスクの全てのファイルの名前は半角8文字以下の英数字のみで記す必要がある。漢字や仮名を用いるとファイルそのものが表示されなかったり,そのファイルの後で書き込んだファイルが全て表示されなくなる可能性がある。

 前述の自作のシステムは現在でも稼働しており,自分でもやってみたいと思われる方には必要な情報とPASCALのソースは差し上げることは出来る。しかし現在ではすでに市販のものもあり,特殊な目的でない限り自作はさして生産的ではない。例えばHansatech社のPC対応2ペンレコーダーエミュレーションソフトQYS1とフル/ハーフ・ISA拡張スロット付きIBMコンパチブルコンピューターインターフェースカードIF2の組み合わせで使い易い2ペンのレコーダをパソコン上で実現できる。その後の処理は上述の変換法を用いればどの種のパソコンででも行うことが可能である。

5)おわりに 

酸素電極での光合成測定は,原理としてはそう新しいものではない。テフロンの薄い膜が電極膜として使われ初めてから電極自体に画期的な進歩があったわけでもない。むしろ変わったところは,コンピューターを取り入れたシステムが作られ始めたことであろう。筆者の学部でも共通の備品としてHansatech社のシステムが導入されている。このシステムの便利さは,例えば光の強さをコンピューターから制御できるので,光飽和曲線をとるのは非常に簡単である。しかし,原理はやはり酸素電極であるから,電極の取り扱いを間違えると,何のデータを取ったのか分からなくなる。

この解説ではスペースの都合上,書き忘れてしまっていることが多いと思われる。Walker教授の光合成測定に関する著書は,光合成の測定の原理から応用,蛍光の測定の生理的意味など教科書として非常に良くできていると思われる。一読をおすすめしたい。

最後に,この解説に関する感想,質問は以下のメイル宛にお願いします。

wadano@center.osakafu-u.ac.jp

 

 

参考文献

 

Clark, Jr., L. C. R. 1956 Monitor and control blood and tissue oxygen tension. Trans. Am. Sci. Artificial Internal Organs, 2, 41

Delieu, T. and Walker, D. A. 1981 Polarographic measuremnt of photosynthetic oxygen evolution by leaf discs. New Phytol., 89 165-178

Farquhar, G. D. and von Caemmerer, S. 1982 Modeling of photosynthetic responcse to enviromental conditions, p. 549-587. In O. L. Lange, P. S. Nobel, C. B. Osmond & H. Ziegler (eds.) Encyclopedia of Plant Physiology, Vol12B, Springer-Verlag, Berlin.

萩原文二編 1977 電極法による酸素測定 講談社 東京 

笹川泰治・関根隆光 1955 ワールブルグ検圧計の使い方 p.509-605 赤堀四郎編 酵素研究法 朝倉書店 東京

Walker, D. A. 1995 光合成測定(上田悦範,平知明,竹田恵美,和田野晃 監訳) 旭光通商 

 

 


last up date on 10/2, 1997